2011.08.24
渡邉英徳先生と濱野智史先生をお招きするWS「情報を共有する」を東北大学工学部中央棟DOCKにて8月20日(土)に実施しました。
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渡邉英徳先生からは情報を共有する為のいくつかのシステムデザインをご紹介いただきました。
まずヒロシマアーカイブについて。これは1945年当時の広島の地図に、被爆者の証言や直後に撮影された写真をマッピングしたデジタルアーカイブです。肉声や写真のほか、原爆に関する絵画やTwitter上のコメントといった複数のアーカイブによって多面的な情報共有を実現するウェブ上のプラットホームです。被災した場所に証言をマッピングすることで、面識のない他人同士がある時間と場所を共有していたことに気づかせてくれます。広島女学院高校のように証言者の多い場所は生存者が多いことを意味し、逆に投下地点の半径500mは生存者がほとんどいません。別々の場所に保管されている情報や別々の時代に記録された情報を同一面上に表示できる、という点が特徴です。
次に3次元フォトオーバレイをご紹介頂きました。これは震災後に撮影された被災地の写真を、アングルを合わせてグーグルアース上にマッピングしたものです。メディアは被災地の写真をショッキングな画として用いますが、それを空間的広がりのなかで表示し、コンテクストとともに見ることができます。渡邉先生はこのプロジェクトを通し、この東日本大震災に関わらない、さまざまな災害について、次世代への語り部となることの重要性を感じたのだそうです。ゆくゆくはこの3次元フォトオーバレイを誰でも投稿できるプラットホームにしたいとのことでした。
計画停電MAPは、学生が自主的に作成したもので、東京電力による計画停電のリストがわかりにくいものであったことから、これを視覚的にわかりやすいマップに描き直してウェブ上で公開したものです。β版で公開し、コメント欄からの技術指南でバージョンアップさせたのだそうです。
渡邉先生は3.11を境にウェブが活性化したと言います。安否確認サイトの立ち上げなど、震災をきっかけとして、ネットやツイッターを自主的に積極的に役立てようという技術者もたくさんいました。学生達も計画停電マップの作成など自主的に活動していたそうです。これらの技術は学生に教えることができても、自主的にアクションを起こすモチベーションは伝えるのはたいへん難しいものです。渡邉先生も、主体的にはじめた語り部としての仕事はライフワークとしたいのだとおっしゃっていました。
またこのレクチャは渡邉研究室をはじめとする、首都大学東京大学院システムデザイン研究科の学生にもプレゼンテーションをして頂きました。
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情報社会論、メディア論を専門とされている濱野先生からは、そもそも情報を共有するということ、そして情報社会におけるデザインの対象である「アーキテクチャ」についてお話頂きました。
前半は情報共有の基礎的な理論についてお話し頂きました。情報の語源は「敵情報告」であり、一般には森鴎外がクラウゼヴィッツ「戦争論」を訳したものとして知られています。情報理論が戦争とともに進化したことを、クロード・シャノンの情報理論やアラン・チューリングの暗号解読コンピュータに触れつつ説明しました。
従来は軍隊の組織構造であるハイアラーキーな上意下達のトップダウン構造を理想としていたものが、インターネットによってボトムアップの情報伝達・共有が可能となりました。例えばある離島で壊れた橋がウェブで助けを求めた結果自主的な支援が集まり、行政がトップダウン式に対応すると1年かかるところを1週間で復旧させた事例もあるそうです。
今回の震災後においてもボランティアや支援物資をワントゥワンでマッチングするボトムアップ型マッチングサービスが無数に登場したそうです。その一方で数千件の受け入れに対して数百件程度しか希望者の現れなかった震災ホームステイマッチングサイトのようなデジタル・デバイドの問題もまた露呈しました。
後半はアーキテクチャについてお話し頂きました。
アーキテクチャとはローレンス・レッシングが著書『CODE』で示した4つの規制手段(Norms:規範・慣習/Law:法律/Market:市場/Architecture:建築・構造)のひとつで、環境にビルトインされた構造による規制手段です。例えば飲酒運転をさせない方法として、エンジンをかけるまえにアルコールをチェックし、基準値以下でないとエンジンがかからないようにする、といった考え方がこれにあたります。他の事例としては、マクドナルドの硬い椅子や小便器のハエ、シカゴの高速道路などが挙げられます。このアーキテクチャは、ルールの内面化(規範の形成)が不要であること、そして無意識のうちに規制可能であることが特徴です。
資金、時間、権力、自然法則などといった制約のもと物理環境としてしか実現できなかったこのアーキテクチャは、情報化によってコントロール範囲を拡大させ、社会集団の相互行為のメカニズムに直接作用している、と濱野先生は指摘します。たとえばニコニコ動画の、動画にコメントをシンクロさせるアーキテクチャの「疑似同期性」がそれにあたります。コメントの投稿時間はバラバラにもかかわらず、動画の再生タイムラインと同期することで、擬似的に一緒に動画を見ているような感覚を視聴者に与えます。作品そのものではなく「いま・この場で芸術作品を体験する」という作品体験そのものを複製可能としたこのニコニコ動画の疑似同期性を、「アウラ」の複製であると濱野先生は指摘します。
最後にアーキテクチャと震災については、災害の歴史を後世に伝える為の「疑似同期型アーカイブ」に可能性を感じているそうです。
人間行動や認知を無意識のうちに操縦できてしまうアーキテクチャは、情報化によって危険性を増しつつも、その可能性を拡大しました。震災復興においても、無意識のうちのコラボレーションを可能とする自動車通行実績情報マッシュアップ、協力するだけではなく、競争することでその節電効果が引き上げられていく節電ゲームといった、ネット時代の新たな善意の連帯の可能性に注目しているそうです。
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お二人のレクチャをふまえ、ディスカッションを実施しました。2部構成とし、前半は当日の参加者が震災当日にいた場所をマッピングする渡邉先生によるデモンストレーションを、後半は15分×3本のワールドカフェ形式にて情報を共有する上での論点を議論し、最終的には講師への質問を作成してもらいました。
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以下、質疑応答です。
質問:デマを見極めるためにはどうすればよいか。
濱野:荻上チキの「流言ワクチン」のような、デマに対する免疫戦略は、ソーシャルメディア時代の情報リテラシーのあり方として面白い。一方でツイッターの公開性やグーグルプラスのスレッドなどのアーキテクチャにも可能性を感じている。
質問:遅いが網羅的なトップダウンと、速いが穴のあるボトムアップ、それぞれの情報の信用性について。
濱野:自治意識の高いアメリカではネットの集合知を取り入れる「ガバメント2.0」のようなアプローチもある。
渡邉:パワーユーザーになって自ら補完するとよい。計画停電MAPのように、トップデザインの情報をボトムアップにリデザインできるようになって欲しい。
濱野:カーリルという図書館メタ検索サイトのように、公共サービスに任せきりでなく積極的に介入していくようなあり方は新しい。
質問:アーキテクチャの「意図」を公開するべきか、またそのタイミングについて。
渡邉:タイミングというよりもコンテンツの種類による。ヒロシマアーカイブのように説明責任が生じるプロジェクトとそうでないものとがある。
濱野:2chの過去ログのように、意図せずに結果的にアーキテクチャとして振る舞っているアーキテクチャもある。このアーキテクチャ規制の原理的正義論は非常にいい論点ではないか。
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渡邉先生からは実践編として情報を共有する為の数々なプラットホームをご紹介頂き、濱野先生からは理論編としてそこに機能するアーキテクチャという規制概念についてご講演いただきました。質疑応答ではこれらを踏まえた応用編として、アーキテクチャを実践的に機能させるための正義論についての指摘などがありました。非常に参加価値の高いワークショプとなったのではないでしょうか。(阿部)
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ディスカッションのメモ
→ 0820.pdf[PDF:MB]
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1)講義内容について
テーマ:情報を共有する
日時:8月20日[土]13:00-17:30
講師:渡邉英徳[首都大学東京システムデザイン学部准教授]+濱野智史[株式会社日本技芸リサーチャー]
司会:本江正茂[東北大学大学院工学研究科都市・建築学専攻准教授]
場所:東北大学工学部センタースクエア中央棟DOCK
内容:レクチャ+ディスカッション+質疑応答
2)次回講義について
テーマ:仮設都市を建設する
日時:8月27日[土]13:00-
講師:森田俊作[大和リース代表取締役社長]+中野和典[東北大学大学院工学研究科土木工学専攻准教授]
司会:石田壽一[東北大学大学院工学研究科都市・建築学専攻教授]
場所:東北大学工学部センタースクエア中央棟DOCK